有馬温泉 遠征記
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有馬へのきっかけ

 10・23新潟中越大震災のあと、しばらく呆然と日々を暮らしていた私たち。そろそろ元気がでてきた師走の頃、2005年春に県内の旅館組合青年部で何か震災復興セミナーを開こうということになりました。なにごとも先達に学べということで、2005年に震災10年を迎える有馬温泉の観光カリスマであり、御所坊グループを築きあげてきた金井啓修さんに連絡をとりました。
 「・・・ということで、新潟県にお越し頂けないでしょうか?」「ええよ」と即答で快くセミナー講師を受諾してくださいました。
 しかし、驚いたのは翌日です。金井さんご夫婦、7時間かけて新潟までマイカーでお越しくださったのです。

金井さんの新潟記→こちら

  おなじみ嵐渓荘のラウンジひめさゆりのカウンターで、金井さんご夫婦といろんなお話をしました。
 震災後の話、建物被害など有馬は大打撃だった、落ち着いてからもしばらくはお客様はうごかない、温泉利用形態の変化、震災前10年+震災後10年有馬で築きあげてきたこと、最近ドイツ・スイスに行ってみてきたこと感じたこと・・・
 そして最後に、「有馬にこいよ!」と総括な一言。私はもう絶対有馬に行こう!と心に決めました♪

観光カリスマ 金井啓修

有馬温泉の動向

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越後3人衆

  とはいえ、有馬は遠い。ひとりでぶらりとでかけるわけには・・・。仲間を捜しました。結局、普段からなにかと宿造りについて話し込む機会の多い、麒麟山の福泉さんと大湯温泉の友家ホテルさんのふたりが一緒に行ってくれることになりました。みんな有馬の金井さんと話しができるというのでワクワクでした。友家ホテルさんに至っては若女将さんが「行ってきなさいよ」と背中を押してくれたとのこと。いい嫁さんですね、本当に。友家ホテルさんはリチャード・ギアに容貌が大変よく似ている30代後半。一方の福泉さんは30代になったばかりの好青年。そして、ちょうどふたりのまんなかくらいの私。
  新幹線を利用するよりも、周遊券を利用した北陸まわりの特急の旅の方がかなり安上がり。時間もたいしてかわりません。車で行くことも考えましたが、高速代とガソリン代と労力や安全性を考えると、電車の旅、決して高くはないと結論。右の行程にて有馬温泉へでかけてきました。

東三条−新大阪−三ノ宮 往復24,700円(税込)
三ノ宮−有馬温泉 往復1,800円(税込)
合計で26,500円(税込)!往復ですよ!
国内旅行も上手に電車を使えばそんなに高くない!

 往路の東三条−金沢間は爆睡タイム。気持ちよく体力温存できました。北越の車両は新しくて実に快適です。

【往路】
北越2号
 新潟7:54−新津8:08−東三条8:27−金沢11:29
サンダーバード24号
 金沢11:55−新大阪14:28
東海道・山陽本線新快
 新大阪14:40−三ノ宮15:05
新神戸 直通運転 北神急行線(谷上行)
 地下鉄三宮−谷上15:25〜15:33  
神戸電鉄有馬線(三田行)
 谷上−有馬口15:34〜15:45
神戸電鉄有馬線(有馬温泉行)
 有馬口−有馬温泉15:47〜15:50

【往路】
三ノ宮15:29−新大阪15:58
新大阪16:16−金沢18:59
金沢19:00−東三条22:02−新津22:23−新潟22:36


有馬口〜有馬温泉
専用の支線がありました
減ったとはいえ年間100万人以上
訪れる温泉地だけあるなぁ。

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憂う国内旅行

 福泉さん新潟から、嵐渓荘は東三条から、そして友家ホテルさんは金沢合流。男3人そろえば・・・酒(笑)
 売り子のお兄さんがちょうどビールをきらしていて、私はワンカップでした。それも2つ;;;;(; ・・)ゞ。2つを飲み干す頃には、ビール補充完了の売り子のお兄さんが再登場してビールをまた何本か購入し・・・、新大阪に到着する頃には目が虚ろでした。新大阪から三ノ宮の駅へ。あとちょっとで有馬に到着するというのに、これではマズイと思ったところで携帯電話がなったのでした。金井さんが心配してわざわざ「今、どの辺や?」とお電話くださったのです。もう、私はノリノリで「まってれてば〜、今すぐ着くっけさ!」という越後弁がでないまでも、なんかもうそんなかんじでした(^^;)。
 さて、私がそこまで酔ったのは、呑みながら話した話題のせいもありました。つまり、宿屋のせがれ3人集まれば、かならず口にのぼる未来にむけた悲観論です。私は呑むと未来にむけて特に悲観的になります。海外旅行が安くなり、これまでのような温泉旅館利用者は減るばかり。水害や地震で新潟は目がくらんでいるが、ホントは災害なんかなくても、昨年から国内旅行は下降線をたどっていたはずだ。という悲観論。本人としては現実論。
 

で、今回はメンツがよかったですね。最近、露天風呂付客室をオープンして好調の福泉さんと、以前から国内、海外問わず精力的にリゾートを巡る友家ホテルさん。そんな私の悲観論(現実論)に一応は頷きつつも、ふたりとも、片や希望を、片やあらたな可能性を語ってくれました。
 印象的な発言。酔っていながらも覚えている発言(笑)
 「国内旅行より安くなった海外リゾートを経験した世代・日本人は国内旅行でものたりなくなる。日本の宿にもアジアンリゾートで感じるような快適さ・便利さなどが望まれるようになる。しかし、表面の外装だけ海外リゾートを真似したような新しい宿屋も多々見受けられる。そうしたところは一過性ブームでおわるだろう。中身が変わってないから。宿造りの可能性はまだ無数にある。」・・・みたいなね(*^_^*)
 しかし、その「お客様の変化」とやらを、私は海外リゾートをほとんど経験したことないので実感しにくいのです。「アジアのリゾート地は現地人が作ったわけではなくて、作ったのはヨーロッパ人なんだよね」、なるほど!で利用してるのもヨーロッパ人。自分たちが喜びそうな施設や娯楽を、自然環境に恵まれた場所に作ったってことか。日本でいうなら、都会人が田舎にリゾート施設つくるような感じか。しかし、日本の場合は、そうして作られたリゾート地で「あそこはいいね!」というのがなかなかないぞ。なにが違うんだろう。「ヨーロッパ人が」というだけで文化の香りがして、拝金主義でないものを感じるのは私だけではあるまい。
 そうかあ、ヨーロッパか。階級社会か。貴族文化か。真の豊かさを知る国民性かぁ・・・ぐるぐる酒がまわってました(笑)

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平日でも人がいる街 有馬

  有馬温泉駅についたら、御所坊さんのクラシックカーが待っててくださいました。クラシックカーの車窓から初めてみる有馬温泉の街並み。平日なのに人がいっぱい歩いています。有馬口から乗ってきた有馬温泉行きの車両にも、若いグループがわいわい騒いでいました。どうやら会社の慰安旅行みたいで、宴会の席図表をみながら「まじやべ、○○さんのとなり!?なに話せっての?」と楽しそうでした。ポカポカと陽が差し込む車両には、その他にも老若男女いろいろいらして、有馬温泉の幅の広さを感じました。
 そんなことを思い出しながら、まだ酔いが覚めぬ酒臭い我々を載せたクラシックカーは、無事御所坊に到着。老練な運転手のおじさんが、「ここですよ」と一言。街角にふっと現れた御所坊!「ああ、雑誌でみたことある!(笑)」という感想。そして、なにやら、川向こうでは大がかりな工事がはじまっています。あとから聞くことになりますが、この工事現場こそが、PIETONブログで話題になっていた、そのパイパス工事なのだそうです。


本当にセンスよく作られた御所坊さんのテラス
(20年前に造られた宿とは思えないハイカラっぷり!)
の川向こうで大がかりな道路工事が・・・
樹木が伐採されたばかりで痛々しくもあり。
よそものの私が口出すのも恐縮ですが、
「もったいない」その一言です。
温泉街のことですから、いろんなことが
複合的に判断されての工事なのでしょうが…。
ただ、工事がおわれば、
それなりに格好はつけることでしょうから、
ここのテラスからの眺めも○くらいには
復活するはず。前は◎だったろうに・・・。
樹木が育つには、
人の一生分は時間かかるんだよね。
ああ、もったいないなあ。

  金井さんはこれから地元の会があるからということで、奥様がわざわざ我々3人をご案内してくださることになりました。我々の荷物は宿泊する花小宿に届けておいてくださるそうです。身軽な格好で街へどうぞ!という、街並みを歩くことに一生懸命なのが、そんなところからも伺えました。身軽になった3人は奥様に先導して頂いて、いざ!有馬温泉探訪へ♪
 もうすっかり酔いもさめはじめ、いわゆる「ほろ酔い」気分で私はウキウキスキップでしたね。なんせ金井さんの奥様は神戸美人で素敵な方なのです(^^)/ 神戸は美人が多いと聞いておりましたが、 三宮の駅におりたってからというものかなりの確率で美人いました(笑)格好いい人が多いように思いました。颯爽としてますね、みなさん。

 さて有馬の街並み。坂道や階段、細い道、昔の風情を残す路地、突然現れる洒落たお店や風景、そして太閤秀吉由来の寺院があったり、源泉を各宿に配湯する湯煙が立ち上っていたりと、日本三名湯と称される有馬はテクテク歩いて楽しむ街のようです。途中、まさに「裏の畑」と呼ばれるような畑がありまして、我々がその横を通り過ぎようとしたら、おばあさんが話しかけてきました。「ほら、ここからねね様のお寺がみえるでしょ。あそこは正面からだけでなく、この裏からの景色にもすてきなものがあるんです。それは沙羅双樹の木です。初夏の頃、花がぽんと咲いて、ぽとりと下に落ちるんです」と、まあ本当はもっと神戸弁で優雅にお話くださったのですが、そんなお話でした。おばあさんの自慢なのでしょうね。毎年、この畑から眺めてるんだろうな。また初夏の頃来ますねと約束しました。

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ハイカラというのだろうな

  有馬の町には金井ご夫婦がきっかけを作ってできたというお店が多数あります。目印は綿貫宏介フォント(字体)
たいていこの字体をみると御所坊さんに関係のあるお店のようです。


↑こういう字体。

 金井さんたちは、有馬温泉にこういうお店があったらいいのになと思うと、そういうお店を作ってきたのだそうです。カフェドボー、チックタック、玩具博物館などなど。
 以前から有馬温泉の御所坊グループ「金井啓修」氏は全国の有名宿主の中でも注目される存在でした。
ので、20年前からのご活躍はもいろんな雑誌やテレビで目にしております。
 最初の頃は週休5日でラジコン飛行機を作っては暮らす日々だったとか、絵描きを目指していたとか様々な逸話があり、どんな人なんだろうね金井さんて、どんな街なんだろうね有馬ってと思っていたわけです。
 で、実際に金井さんに会い、有馬の街並みを歩き、そして、お客様の目線でみてみたり、同じ宿屋の主という目線で見てみたり・・・。
 たとえば、↓瀟洒なカフェが街角に現れるかと思えば、

↓お洒落な回転寿司屋もあったりする(笑)

  結論を急ぐわけではありません。たった2日しか滞在できませんでしたので、その全容は掴めるわけもなく。
 ラジコン飛行機をつくっていたのが20代で、御所坊をリニューアルしたのが30代前半、阪神大震災が40歳のときで、それから10年後が現在。もちろん金井さんを中心にして、いろんな方達がこの街を造り、そして今も育てているわけで…。
 唖然ですよね。大資本がバブルに任せて有り余る力を注いで造ったというわけではないわけで・・・。
 カフェドボーとその横のギャラリー。たしかに新品の店ではないですが、元が素晴らしいので、実にいい空間です。私は湯布院や黒川に行ったことがないので、比べようがないのですが、一緒にいった福泉さんや友家ホテルさんの話しでは、「わざわざ九州にいかなくてもここにこんな素敵なところが」との感想でした。 ふ〜ん。

 さて、こちら有馬温泉は老舗も新規も大型も小型も、いろなん温泉宿が軒をつらねる温泉地。一軒宿で普段暮らす私は温泉街の苦労やあれやこれやは、とんとわかりません。
 他をあまり気にすることもなく、おおらかになんでもできそうな一軒宿という恵まれた環境いながらも必死こいてる自分。いろいろありそうな温泉街で、跡継ぎした老舗旅館を現代に見事に輝かせ、さらに「有馬にはこれが必要だ!」と思えば自前で、喫茶店からテニスコート、カフェ、一膳飯屋(有馬温泉のホテルや旅館で働く人たち用)に博物館・・・、そしてバーまでオープンさせていく…。

 さらにさらに、お土産屋さんやサイダーも開発するという…。
 唖然ですよね。かさねがさね。
 そのどれもがしっかりした理念に基づいているので、全然陳腐化していない。そのお店にはいると、綿貫フォントという共通項だけでなく、もう雰囲気で「あ、これ金井さんに関係するお店だね」と自然に感じる。いいですね。

 御所坊グループのお店のみなさんは、楽々商売できてます!という感じではありませんでしたが、くたびれた感じは全くしませんでした。たまに他の温泉地のお店などで「もうこの街はおわってますよ〜、かはは(笑)」と自虐的なおじさん、おばさんに出会うことがあります。そういう、つげ義春的枯れた旅情?を感じて、さびれてていいなあと思う向きもあるかと思いますが、やっぱね、それじゃあダメだよな。旅人として嫌いではないですが、宿屋の主として目指すなら活気、賑わい!・・・あたりまえか(笑)

 

 30代で御所坊リニューアル。そして大震災ものりこえて躍動的な街作り。
 私は今年2005年10月で34歳。私はこれから何ができるのだろう。街並みに佇みながら、酔いも覚め加減となり、理由無き焦燥感と高揚感、相反する二つの気持ちにかられました。ちょうど高校卒業して大学受験浪人していた頃に、このまま大人になって大丈夫なんだろうか心配するような、一方でドキドキワクワクするような、あの気持ちに似てますね。
 果たして、あれから15年。今から15年後の自分が、どこで何をして、歩んだ15年をどんな風に振り返るか。
 今年は本当に良い節目だね〜。そして、有馬に行ったの大正解だったね。超個人的な感慨ではありますが(^^;)・・・。

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花小宿、共同湯、夕食

花小宿 御所坊 紹介記事

 本当は御所坊さん宿泊希望であったわけですが、この日は館内点検のためお休み。そこで、新しい宿泊スタイルの花小宿さんにお泊まりできることになりました。古い木造旅館をリニューアルしたというお宿。本体の御所坊さんも翌日ご案内して頂いたのですが、木造改造旅館なのです。・・つまり、嵐渓荘としては大変参考になるわけで。感想だけ言ってしまえば、
「ためいき」ですね。オーナーに深い教養と国内外問わず広く世間を見渡してきた経験があるのが、そこかしこにプンプンしています。

 すくなからず、国内のいろんな木造改造旅館を見てきましたが、ここは群を抜いてます。さらに御所坊の方は20年前の作品です。脱帽でしょ?
 花小宿さんはリーズナブルでもありますので、この記事を読んでいる方でご興味のある方は、ぜひ御一泊をおすすめ致します。もちろん、御所坊さんに泊まる余裕のある方は、御所坊さんとの連泊をおすすめ致します。泊まってみてのお楽しみということで、詳しくはあえて書きません(^^)/

 我々は共同浴場の「金の湯」に一汗流しにでかけました。とても綺麗な施設です。浴場に脱衣室から入ったら、シーンとしていました。入浴者は大勢いるのにみなさん静かに湯浴みしています。いいですね。浴槽はふたつにわかれ、熱い方とぬるい方。あまり熱いのは苦手なのですが、ここは熱い方でも食塩泉のためか肩まで入っても平気でした。茶褐色に濁り、目にかかると痛いくらいにしょっぱい。いいお湯だ。お湯に説得力がある。こちら
 あがってしばらくしても汗がひきません。お湯に触れたタオルはあっという間に茶色になりました。

  で、お楽しみの夕食タイム。花小宿1階にあるカウンター割烹的お食事処で、金井さんご夫婦と我々3人で!
 他のお客様達は、いったいなんの集まりだ?と不思議そうな顔で眺めてらっしゃいました。

 有馬料理というと山椒なのだそうです。たしかに有馬煮といえば味山椒で煮ますね。この日の夕食は有馬牛など丁寧なお料理がずずずいっと続きました。食べながらの話題は酒やワインの話題。ここにはソムリエがいるのです、本物の!。ストーリーのある提供の仕方で白も赤も楽しむことができました。もう、かなりべろんべろんだったので、さらにワインの合間に灘の酒も頂いたりしましたし、うろ覚えなのですが(笑)、ひとつよくおぼえていることがあります。それは…、

 ワインとお宿千歳さんというお宿がありまして、金井さんとも懇意にされている。私も最近話題のお宿ですから当然存じ上げてます。この宴の席に、このお宿のご主人が先導して、酔い、失礼「良い」ワイン樽を共同購入し、瓶詰め配布した白ワインが提供されました。我々宿屋人の宴ですから、そういう面々で、特に話題になるようなワインということでソムリエさんがセレクトしてくださったのです。・・で、ちょっと衝撃でした。
 なぜかといえば、僭越ながら「ワインとお宿」というフレーズ、今まで誤解していたからです。ミーハーだなと(^^;)すみません。でも、お話をきくに実に真摯に「ワインとお宿」に取り組んでいらっしゃる。樽買いするって、言うは易し成すは難しです。
 今、焼酎ブームのことも知っているし、ワインの方が気軽に楽しめるお酒として人口に膾炙していることも知っています。旨い日本酒は高い!と思われていることも。
 「日本酒売れないなあ」と言いながら、どれだけ日本酒のことを真剣に愛をもって呑んでいたかなあと。新潟県人だから日本酒を売りたいといいながら、情熱がなかったんじゃないのかな。宿題がひとつ増えました。

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そしてバーへ

  なんだかもう、すごい量のお酒をのんでいたようにおもいます。白、白、日本酒、赤・・・。昼間の酒のせいもあってか、越後3人衆、ぜんぜん衰えを知らず呑んでます。今、思い出しましたが、食事前に奥様から「食前酒でもいかが?」とカンパリ呑んだりしていたんだわ。ん〜、かなり許容範囲をこえてますね。
 金井さんは阪神大震災後の大変だったときのお話も聴かせてくださいました。援助物資がどんどん届くのに、交通マヒや物資の配分が上手くできないことなどから、せっかくの物資を活かすのに苦労したこと。避難している人、復興作業の仕事の人、いろんな人がお湯を求めてやってきたこと、そしてその対応に七転八倒したこと。などなど。
 10年経った今も鮮明なお話に聞こえました。ということは、我々の経験した(している)震災も、10年経っても鮮明なままなんじゃないかな?今回は「地震から早く復興したい。前のように普通に営業できるようになりたい」と願って、そのヒントを求めて有馬温泉を訪れたわけですが、有馬の人にとって阪神大震災は10年経っても鮮明なまま。
 つまり、これから新潟の私たちを待ち受ける現実も同じように、「ことなかれ主義で乗り越えられるような生易しいものではないんだぞ」、ということなのかな。

 と、頭も心も体もグタグタに煮詰まったところで(^^)/、バーへ移動となりました♪

 これはバーの昼間の顔。ここが夜になるとスタンドバーに!
 たまたまこの夜は私たちや金井さんご夫婦が集うということもあってか、御所坊グループの宿やお店で働く皆さんも集まってきました。でも、普段もそんな風に働く皆さんが集まるらしい。いいね、そういうの。

 若い人が多くて、もちろん女性の方もいたりして、ただでさえ酔いすぎでデレデレの我々は、さらに輪をかけて桃源郷へ彷徨いいでるのでありました(笑)あまりに楽しかったので多くは語りません。というか楽しかったことは覚えていますが、こまかいことは・・・リチャード(友家ホテルさん)がスローなステップでダンスしていたそうです。あ、一個だけ覚えてる。若い男性の方が「明日、はじめて御所坊デビューなんだよね!」と気合いの入った顔で同僚の方と話していたことです。ほんと、なんか良い雰囲気だわ。
 有馬の夜は少しクレージーにふけゆきまして、3人してお部屋にもどると、塩握り飯の夜食が!
 我先にガツガツぱくつき、満足満足とお布団にもぐりこんだのでありました。

 学生時代、私は東京の神楽坂で暮らしたのですが、街の雰囲気が似ているように思いました。区画整理されてない路地街にタイル貼りのビルもあれば、町家が並んでいたり、個性的な喫茶店やバーがあったり・・・。大人の色気ただよう街かぁ。
 神楽坂、ずっと行ってませんが今度でかけてみようと思いました。余談でした。

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ラーメン屋の兄さん、国際人ですね

  翌朝は9時ぎりぎりまで寝てました。起きあがれなかったというのが正解かもしれません。(笑)早々に朝風呂を浴び、朝食を頂きました。またもや、朝寝坊の奇怪な3人組は他のお客様の視線を集めていました。花小宿さんの営業に悪い影響を与えなかったことを祈るばかりです(^^;)。
 朝食はカウンターで頂きました。二日酔いの私にはありがたい軽目の内容。冷たいお水が五臓六腑に染み渡りました。

 朝食後は御所坊さんを見学させて頂ける約束でしたが、金井さんにご来客ということで、我々はもうしばらく花小宿さんでウダウダできることになりました。これ幸いと、友家ホテルさんが最近訪れた京都の俵屋さんのデジカメ画像鑑賞会となりました。三友さん曰く「高かったが、また行きたいと感じた」「細かい部分に至るまで、たとえば布団の寝心地など言葉にできない心地よさだった、手抜きしてない」・・・。最近は高い宿屋さんに興味が失せていたのですが(高いのだから良くてあたりまえだろうという意識)、単に高級旅館から何かを真似する為ではなく、上質な何か?(なんと呼べばいいか、そういう宿屋に行くと感じるあの雰囲気)を感じるために、あらためて巡ってみたいなと思いました。お金かかりますが(^^;)

 さて、御所坊にむかうと金井さんはまだ来客中とのこと。

 玄関先のこんな空間にしばし佇み、3人で立ち話。この時、たしか10時半頃だと思ったのですが、もう既に日帰り食事利用のお客様(身なりのいい奥様グループ多数)が、奥の会席処にいらしていました。この写真だけでも、火鉢に丸いコタツ布団にダウンライトに照らされた活け花と掛け軸・・・。よく考えてしつらえられてますよね〜、感心です。
 その後、来客を終えた金井さんは私たちを館内案内してくださいました。お昼には東京に向けて出発しなければならないお忙しい身なのに、部屋、風呂、パブリック、そして!噂の日本で一番高価な貸切風呂まで(^^)/。本当にありがとうございました。



御所坊の金泉は半混浴です。
私たちが入浴したときは、シニアのご家族連れが
お父さんが我々と一緒で、
お母さんと娘さんが女性側で…
「この前来たときは・・」みたいな
家族の会話で盛り上がっていました。

濁り湯ならではとも感じますが、
イヤらしい気持ちも含めて(笑)、
混浴って異様に心揺さぶられますね。
会話ができるのがいいです。
嵐渓荘に貸切風呂はありますが、
男女で会話のできる露天風呂も
造ってみた



↑クリックすると拡大します。
秘密の湯殿、偲豊庵には
謎の漢詩が・・・

実は読み方変えると、
実に愉快な漢詩なのです。
このお風呂に関しては
こちら

  さてさて、有馬の旅も終盤です。
 大いに酔っぱらったはずなのに、朝から金井さんはとても溌剌としています。「道路の工事がはじまって…この辛いところをバネにしようと考えてる。20年前の御所坊リニューアルも、10年前の地震のときも、いつもマイナスをプラスにしてきた。今回も・・・」と、我々には、(ここでは明かせない)秘策を教えてくださいました。
 新潟3人組。帰りの汽車の中でその話しを思いだし、全員が「自分もなにか動かなければ、やらなければと心から思えたよね」と振り返りました。有馬にでかけて、一番の収穫はそのことだったかもしれません。現状維持を目指しては現状は維持されず、常に夢と情熱をぶつけられる「その先」を目指すこと。見つけること。見つけようと努力して、動いて、考えて、形にしていくこと。ポンコツでも、我々3人は宿屋の経営者の卵。世襲であれなんであれ、それが我々の仕事なのでしょう。

 有馬には金井さんたちが中心になって築いてきた名所がいくつもあります。帰り際にそのなかのひとつ「有馬玩具博物館」にお邪魔しました。各フロアーごとに趣向を凝らして、世界の、いろんな時代の玩具が展示され、遊ぶこともできます。そして、玩具職人もいらして今も木工玩具を創造している風景を眺めることもできます。いろんな玩具がありましたが、ひとつ大変気に入りまして、少々値は張りましたが購入しました。これです。↓

 クリスマスピラミッドといいまして、展示してあったのは、もっと何段にも構成されたものでしたが、燭台にキャンドルを灯すと、その上昇気流でプロペラが回り、中の人形がくるくる巡るという優雅な玩具です。クリスマスの頃に嵐渓荘のラウンジに飾ってみたいと思います。

 さてさて、金井さんはこれから東京へひとっ飛びとのことで、あわただしく出かけていかれました。奥様に我々は見送られて、素敵な有馬の町を後にします。福泉さんが「神戸牛!」と言うので、町中で見つけた肉屋さんに立ち寄りました。

 彼はサーロインを土産に購入。私も少しですが購入。店の人に「これから7時間電車にのるんだけど、このままで肉、大丈夫でしょうか?」と聞くと、「7時間?保冷剤いれようか・・・でも、どこまで帰るの?」、「新潟です」、「あら…地震、大丈夫だった?」・・・と、地震の話題に。肉屋さんは10年前の震災のことを、まるでついこの前のことのように感じながら話してくださいました。いろいろやっぱり、大変だったみたいです。「がんばってね」と励まされ、ホント、ジーンときました。旅先だと人情も倍増しで心に響きますね。ちなみに、ここのお肉、とてもおいしかったです。三宮周辺の肉屋さんもちらりと覗いたのですが(驚くほど高いです神戸牛、やはり(笑))、なんだかこちらはとても良心的なお値段だったような…。

 さ、これで本当に有馬とお別れ。電車まで少し時間があったので、ラーメンを食べることにしました。駅前に例の綿貫宏介フォントを発見!青龍居です。迷わず入店し、ラーメンとともに呑みたかったオリジナルサイダーも注文。ラーメンもサイダーもおいしかったのですが、食べながら見た光景に感心しました。というのも、私たちの後に若いカップルが入店してきました。見た目には分からなかったのですが、どうやら、外国からのお客様のようです。さささ〜っと、ここのお店のお兄さんがオーダーをとりにテーブルへ。もう全然あたりまえの風情で英語でオーダーをとり、二人と会話しています。国際色豊かな風景。
 かえってこの場では、男二人でサイダー呑みながらラーメン食べてる我々の方が場に馴染んでないようでした(笑)
 今度、有馬に行くなら雰囲気のある女性とだな〜と強く確信した瞬間でもありました。目の前でラーメンをすする福泉さんも、きっと同じことを考えていたに違いありません。男同士の今回も楽しかったけどね!
 弥次喜多道中以上おそまつにて、おしまいおしまい。
 

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宿主人達の生き様ストーリー集↓異業種の方にもお薦めです

旅館物語―オンリーワンの宿...
↑表紙は鶴の湯さんですね