日帰り温泉・貸切露天風呂:新潟の観光・宿泊に国登録有形文化財、秘湯の一軒宿「嵐渓荘」について

嵐渓荘の始まりは、男の浪漫

温泉掘削 およそ100年前…
都会暮らしを離れ、故郷の里山にもどり、井戸を掘り始めた男がいました。
大正時代の末です。上総掘り(かずさぼり)の櫓を建てて人力のみで2年掘り続けました。 あまり言葉数の多い人ではなかったそうで、作業の手伝いを親戚や近隣の男衆に頼んでまわる。 いったいなんのための井戸堀りなのか?それもよくは語らない。

雪なし≠ニいう冬でも雪が積もらない温かな場所が近くにあるから「あれは温泉掘削だろう」という人があり、あるいは、新潟県は古くから石油が産出するので「あの男の目当てはどうやら石油らしい」という人もあり。

掘り進んだ果て、深い井戸から湧き出たのは「しょっぱくて切り傷がきれいに治る不思議なぬるい水」でした。そのあとすぐに人力では突破不可能な岩盤に至り掘削はそこまでとなりました。

その井戸を掘った男が大竹保吉、当宿の創業者です。そして初代・保吉が井戸を掘った真の理由は今でも謎のままです。 煮詰めれば美味い塩が作れるほど濃厚で、湯として浴びれば傷も痛みも不思議と和らぐ、その源泉。

初代・保吉は瓶に詰めて運び、東京八丁堀の薬屋で薬として販売したり、源泉井戸近くに長屋を建てて湯治逗留できるようにもしました。保吉を訪ねて遠方からもお客様は訪れました。お湯の効能で怪我や病を治癒しようという方たち、また自然豊かな静けさに逗留して、心の煩いを鎮めたいと通う方たちなど。

毎朝、体温を測るところから1日ははじまり、療養所のような雰囲気もあった。お金のある人はお金を、食べ物がある人は食べ物を、なにもない人は手伝いを。それぞれがあるものを持ち寄って生活を共にする、そんな共同生活の場所であったらしい。お酒を飲んで騒ぐ輩は保吉さんが追い出したという逸話もあります。

私どもの妙湶♂z後長野温泉はそんな原風景をもつ温泉です。

温泉

日本屈指の濃厚な“強食塩冷鉱泉” 。かつては薬として利用されました。

ナトリウム−塩化物冷鉱泉(高張性 中性 冷鉱泉)。
かつては湯治場として旅の方々が、疲れを癒しに訪れました。
皮膚病、切り傷、冷え症、婦人病、神経痛、肩こり、
病後回復期に効くと言われ薬としても販売されていたようです。
(現在は販売しておりません)
肌にまとわりつく湯感。よく温まる塩の湯。
 「包丁で切った指は、ここのお湯で治すの。化膿しないで治るのよ」
 「あせもでぐずっていた赤ちゃんが、帰るときはニコニコ顔だった」
などお客様の声をいただいております。



環境 

新潟の秘湯、越後長野温泉。

山里の渓流沿いの一軒宿。
豊かな自然と濃厚な温泉、地の食材を使った滋味料理が自慢の宿です。湯の泉質とともに渓谷美と川のせせらぎを存分にお楽しみ頂けます。春は桜や山野草、夏はホタル、秋は紅葉、冬は雪。四季折々の風情を映す渓谷を望む客室(渓流館)と山風呂(貸切露天風呂)はご好評を頂いております。
関東から、車で約4時間半、新幹線+バスで約3時間。



料理 

山里の旬の素材を天然の湧水で調理しています。

当館では全館すべて湧水を利用しており(水道水は通っておりません)、料理も湧水で調理いたします。五十嵐川の伏流水の柔らかい豊かな水をふんだんに使い、川魚の臭み抜きや山菜の下拵えなど、地の旬を中心に厳選した素材を丁寧にお造りしています。
地味(滋味)だからこそ、季節の素材を活かし、真面目に料理しております。
四季折々の味覚を楽しんでいただけるようご用意いたします。
ぜひ嵐渓荘の料理をご賞味ください。 



建物 

平成24年《国登録有形文化財》に登録されました。

昭和初期に燕駅前に建設された小川屋旅館の建物を、1955年に移築した「緑風館」が《国登録有形文化財》に登録されました。建物頂部に見晴らしのやぐら「望楼(ぼうろう)」を載せているのが特徴で、客室も部屋ごとに異なる座敷飾りの意匠を凝らしており、国土の歴史的景観を引き立てることに寄与した点が評価されました。当時の意匠のままの部屋を客室として利用しており、ご宿泊の際には風情ある空間をお楽しみいただけます。

>> 建物調査報告書(PDF)をこちらからご覧いただけます。

 



 


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