嵐渓荘からの散歩・サイクリング・ドライブ
ドラマの舞台になった嵐渓荘の建物と庭

NHKテレビ放映開始50周年記念
連続テレビシリーズ 川、いつか海へ
「渓流沿いに建つ一軒宿」
…それがドラマロケ地の選定条件だったそうです。
夫婦・親子・恋人など、さまざまな人間模様を絡ませた6つの物語が、不思議な力を持つ“浮き玉”と共に展開していくストーリーです。
嵐渓荘が舞台になったのは第2話。
"鹿登温泉・りょはく"という名で登場。
■脚本:三谷幸喜
■演出:清水一彦
■出演:小林聡美 渡辺謙 西田敏行 他
厨房、事務所、バックヤード、お風呂、廊下、大広間などなど、ほとんどセットなしの現地撮影!嵐渓荘の隅々が映像に現れます。川がテーマということもあり、清流守門川と吊り橋の風景画像は大変美しく撮影されておりました。
DVDがありますので、ご希望の方には、宿にご滞在中、デッキとともに貸出し致しております。

八木ヶ鼻
高さ100メートル以上の切りたった崖が五十嵐川の上流にそそり立ち、 岩肌を朝日が照らす姿は神々しくもあります。ここはハヤブサの生息地としても知られています。 自然の恵みを一身に受けた下田村は、春は淡く、夏は強く、秋は艶やかに、そして冬はしっとりと、 季節の度に塗り替えられる大地に描かれた絵画のように、住む人を、訪れる人の目を楽しませてくれます。

約200米(100メートル)直立した石英粗面岩の壁、この八木ヶ鼻には古来ハヤブサが生息しています。 ハヤブサは候鳥(渡り鳥)とされていましたが、ここでは通年生息し、一つがいで3-4羽のひなを巣立たせています。 江戸時代の紀行本などにもすでに蒼鷹として紹介されており、昔から当地でも八木鷹と呼び、神の使いとして崇められていました。昭和40年、「ハヤブサ繁殖地」として県天然記念物に指定されました。しかし2、3年後、ハヤブサは騒音や環境の変化などから姿を消しましたが、 20年あまり過ぎた平成元年、八木ヶ鼻に再びその姿を現し、以来毎年6月初旬つがいの親鳥に育てられた幼鳥が巣立っています。 宿からの道すじ
漢学の里
生涯を通じて、漢学研究に情熱を傾けた諸橋轍次博士は、明治16年6月4日、下田村に生まれました。
東京高師卒業後、都内の大学教授を経て、戦後は都留文科大学学長に就任。この間50余年にわたり儒学を研究、大漢和辞典編纂という偉業を成し遂げました。
昭和40年には文化勲章を受賞。57年12月8日、100歳で亡くなるまでに遺した数々の著書や書跡、日記等からは博士の慈愛に満ちた人柄が偲ばれます。文学を愛し、郷里をこよなく愛した博士は、今なお村民に深く敬慕されています。 その博士の生家を含む小高い丘に記念館や広い庭園などが建設され、その一帯を「漢学の里」と呼んでいます。宿からの道すじ
しただの森の美術館
「小さな種を一番大切な友に託したことから始まって5年目。こんなに環境のよい場所に夢の花を咲かせてくださり、感謝の気持ちでいっぱいです…〈下田の森の美術館によせて/さだながまみ 冒頭の言葉〉」
「夢は見るものではなく夢は叶えるもの」という言葉を胸に、貞永マミ新潟後援会が立ち上げられたのが平成14年。それから5年。大勢のボランティアの協力もあり、かつて別荘として建てられた洋館をリニューアルさせ美術館としてオープンさせました。宿からの道すじ 
大谷ダム・笠堀ダム
大谷ダムは、石を積み上げて作られたロックフィル式の大変珍しい多目的ダムで、ひめさゆり湖周辺は、自然を生かした水辺広場として公園化されている。全長265mの大壁画には、下田村の豊かな四季折々の自然が描かれている。
笠堀の深山幽谷に、昔からアオシンと呼ばれて、カモシカが生息していました。 カモシカはすでに昭和9年、国の天然記念物に、同30年には特別天然記念物に指定されています。宿からの道すじ
昭和39年県営笠堀ダムが完成し、その5年後文化庁による生態調査が実施されました。
わずか1キロ入った地点で多数発見され、「カモシカの楽園」として太鼓判を押されたのです。ダム湖は標高200メートル、周りの岩山は断崖をなして人を寄せつけず、夏でも20度と涼しく、冬でも餌のモチの木が豊富な好条件です。
指定地域内には500頭はいると観測されています。垂直な岩場を自由に走り、人や珍しい物には、いつまでも凝視するなど、好奇心の強い動物です。宿からの道すじ
吉ケ平(よしがひら)、雨生ヶ池(まごいがいけ)
下田村最奥地の集落跡。昭和45年、極度な過疎地対策として閉村し集団下山しました。
現在は、当時の分校だった建物が、宿舎としてただ一つ残っています。
下田村から福島県只見町まで越後と会津を結ぶ道、「八十里越」の宿場町として栄えた吉ヶ平。
昭和46年に集団離村となり、800年の歴史を閉じました。
吉ヶ平山荘からなだらかな山道を約30分歩くと、周囲がブナの原生林に覆われた雨生ヶ池にたどり着きます。
池の主の娘の悲恋伝説を今に残し、神秘的なたたずまいを見せております。
新緑、紅葉の季節が見頃です。

吉ヶ平の始祖は、源氏の落人だったという伝承があります。 今から800年以上前、平家追討で戦った源頼政は宇治で敗死しました。
しかしその子と伝えられる仲綱は、高倉宮以仁王を奉じて追手をのがれながら、 会津から吉ヶ平に落ちのびて来たといわれ、しばらく滞在の後、ついに仲綱はこの地で死去、五輪の塔の墓が残りました。 宿からの道すじ
集落跡から3.2キロ東へ登ると、ブナの大木に覆われ、神秘に満ちた池に出会います。 守門の雪解け水を集めた湖面は、底知れず深く澄みわたり、池の主ともいわれる巨大な鯉や大蛇、龍神の伝説を思い浮かばせます。 江戸時代には、村松藩領主自ら龍神への信奉あつく、釘や金具一片も使わない雨生神社を建てさせました。 また、雨乞いの祭りを怠らず、池に金物の投げ入れを厳禁しました。 龍神のもっともきらう金物を投げれば、たちまち大雨・大洪水となるからです。 こうして恵みの雨と豊作を祈願する雨生信仰が、村松領内から五十嵐流域へと広まっていきました。 現在は石祠(せきし)だけが残り、神々は閉村後、八木神社に合祠されています。 池の所在
吉ケ平(よしがひら)、雨生ヶ池(まごいがいけ)
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映画の |
宿から車40分 |
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| 新潟競馬場(豊栄市) | |
| 新潟市水族館マリンピア日本海(新潟市) | |
| 海水浴場 | |









