つり橋便り > 2003年 > 1月

1月1日
 今年もよろしくお願い申し上げます。この日記も5年目になりました。小学校で考えたら5年生!だいぶ生意気になってくる頃です。あの頃のようなスピードでは成長してませんが、読み返してみたら七転八倒の日々であったと感慨にふけります。
 今年は世界も日本も激動の年と皆さんが口をそろえてますね。年頭から野暮な話であれですが、金は天下のまわりものと言いますが、個人的にはその金のまわり方が激変するような気がしております。
 こんな辺鄙なところにいますと、世の中はカーブミラーにうつる像のようにしか見えてきません。限られ歪められた危険予測としての像。あっ!と思うと、危機はもうそこまで来てる。ということで雪景色にポツンとたたずむ一本を撮影してきました。
 なんだか年初からしんみりしちゃいましたが、今年は念願の風呂も完成しますし、春も夏も秋もまちがいなく巡ってくるでしょう。今ある資源を大切にして、慎重に歩んで参りたいと思う正月でありました。

1月4日 三条新聞より
 五十嵐川の白鳥おじさんだった文吉さんの後を受けて、妻のタイさん(78)が毎日、餌を与えている。
 タイさんによると、今冬は12/21に数羽が飛来。その後、多い日には150羽前後が流れの中でゆったりと羽を休めている。
 白鳥の大好物は稲刈り後の乾燥調整で未熟粒として除外されたシイナだが、農家がそれぞれ乾燥調整を行っていた以前と違い、最近はカントリー施設で共同作業を行うようになってここ数年はシイナの持ち込みが少なくなっているということで、えさが不足気味で地元の人たちに協力を呼びかけてもいる。
 白鳥たちは毎年、3月半ばまで羽を休めており、「ことしはいつ来るかと待っていて、姿が見えると、やっぱりうれしいて。来ればかわいいし・・・」と、タイさんは目を細めている。
1月5日
 
どかっと雪が降りました。宿の手前2キロからの県道の除雪がなかなかはかどらないようでした。車を走らせるとガタガタ揺れます。いや、ズドンズドンと揺れますかな。
 で、はじめてこの辺の冬を体験する従業員さんからは「この辺の除雪屋は下手くそだ!」とお怒りモード。「降った雪に対する要員不足じゃないですか?」と言い返しました。なんだか、自分が馬鹿にされてるような気がしたからです。こういうのも地元意識の発露というのだろうか?
 案の定、夕方にはすっかり道路は綺麗になっていました。突然のどか雪ほどやっかいなものはありませんね。
 

1月6日 三条新聞より
 カモシカは天然記念物なので食べられません。
 そんななか、下田村出身の男性が、子供のころに食べたカモシカのことを話してくれた。
 男性は戦中の昭和18年生まれの59歳。「カモシカが天然記念物になったのは小学校6年生になるころ。それまでは狩猟ができて、大江、大谷の集落の人たちは鉄砲でカモシカを狩り、それを味噌に漬け込んで冬の常備食として大切に食べていた」と言う。
 「もうとっくに時効だろうし、当時は生活するために仕方がなかったんだけど、中学生の頃はまだ大江や大谷の級友は弁当のおかずに持ってきていた。冬はストーブで弁当箱を温めるんだけど、そうする独特の少し青草みのあるにおいが教室に立ちこめる。『まただれかカモシカ持ってきたろ』と言ったもんです。彼らはカモシカというと罰せられるので『アオジシ』って言ってましたっけど、完全にカモシカでしたよ。味はうまいですよ。羊や山羊に近い感じですが、脂があってとてもうまかった」。
 カモシカの毛皮は敷物にもなる。「家にありましたよ。大きいのが一枚。夏になると出して、風呂上がりにその上に寝ころぶとサラサラして気持ちいい。足の先の端の方の革は父親がキセル入れにしていた記憶がある」と言い、カモシカは余すところなく使われていたらしい。

1月17日

 快晴の雪の日ほど気分のいいものはありませんね。スキーでもしに行きたい気分です。特に日陰の青っぽいところに居ると涼しくて心が落ち着きます。

1月19日

 ヒロトもあと少しで3歳になります。しばらく前からパワーショベルやダンプカーにはまっています。今日は工事現場がお休みで、日頃から夢見ていた運転席に・・・。ご満悦の様子でした。


大日連展

セメント塗り?
上図手前の穴拡大

1月22日

 東京に出かける機会がありました。時間があったので、前から見たかった大日蓮展にでかけました。上野の国立美術館です。
 なぜ日蓮なのかといえば、そもそも嵐渓荘のお湯は曾じいさんが熱心な日蓮宗信者で、その日蓮聖人様のお告げで湯を掘ったってんですから少しくらいは勉強しとかないと。
 日蓮様直筆の立正安国論もありまして、なかなか楽しめました。いろんな国宝にしみじみしましたが、とにかくどの宗教も開祖が亡くなってからのお弟子さんたちの頑張り(布教活動&組織形成力)がその後の命運を分けるのであろうと感じました。

 で、その行き帰りに通った大噴水脇の工事現場で切ない光景に出会いました。どうやら補修工事かなにかで通路部分のコンクリート工事をしてたのですが、せっかく綺麗に塗ったセメント面を、犬が歩いていったみたい。そこをまた工事人たちがせっせと塗り直してゆく・・・もの悲しい風景でありました。
 上野公園ってどっかくたびれた感じがして諸行無常を感じさせますよね。動物園のあのさびれた感じとか。


外観はただのビル

ホスピタリティーの塊

「うちのご飯」て名前

有機野菜は見た目じゃわらかん

1月22日夜

 で、大日蓮展のあとは銀座にできた「吉水」さん見学でした。京都のここをきりもりしている奥様が、こちらに宿?ホテル?を開業されました。下田村の野菜(山菜になったらしい)や建材(竹の集積材)を利用されるとのことで私も見学にいきました。
 少々高めの料金体系なのですが、東京に行った際には予約がとれたら利用しようと思いました。自然のものだけでつくられた建物の内部には「なんとなく気分がいい」波長が充満していました。
 「あえてなぜ銀座?」という質問には「銀座だから」というお答え。一番目のお客様は筑紫哲也さんという鳴り物いりでのオープンでありますが、派手なミーハーな客層狙いではなく、「好きな人には好きなんだ」系の宿泊施設としてがんばってくんだろうなあと直感しました。
 いろいろ画像も撮影しましたが、それは皆さんが実際にお泊まりになってみてのお楽しみとしいうことで・・・。
 嵐渓荘と一緒で「期待してこないでね楽しみが増えますよ」の宿だとおもいました。

 有機にこだわった食材ばかりの食事。白菜とかほうれん草とか普段なにげなく食べてる食材だからこそ、その根元的違い・旨さに驚きますね。この手の食事は見た目じゃわからないですね。

1月23日

 新潟にかえってきたら、お客様製作の雪だるまが待っててくれました。いきなり宵闇にあらわれてびっくりしました。
 「おまえ、なんか東京で悪さしてこんかったか?」と言ってました(^^;)

 

 

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