つり橋便り > 2001年 > 1月
1月

 新年あけましておめでとうございます。21世紀の幕があきました。
私が参加している宿屋仲間のメーリングリストでは今後の宿屋に関する議論が盛んです。これまでの集客方式、サービス提供方式が成立しなくなりはじめ、さらに自分で自分の首をしめるような業界両手を挙げての低価格化競争。海外旅行の躍進。
  一寸先は闇。・・・新年早々両頬にぱんぱんと気合をいれて今年も頑張って参りましょう。

2火

 今年の年末年始は連泊のお客様が大多数でした。一昔前からは考えられないような状況です。私が高校生くらいの頃には年末年始はほとんどお客様がなく、家族そろって年越ししていたものです。冬に雪があまり降らなくなったということもあるのかもしれませんが、年末年始を宿屋で過ごすという文化が定着してきたのかも知れません。

3水  正月料金て高いですね!嵐渓荘も2名様はひとり5000円、3名様以上はひとり3000円の増料金を頂いております。その分お料理の内容を良くするし、朝は餅をついたりと普段にはないサービスをご用意しております。それに、正月の食材仕入は普段より高くつくという理由もあります。
 もちろん増料金を頂いていない宿屋さんもあります。しかしたいがいは法外なほど高い。今回、2日に宿泊された遠方からのお客様から今日の宿泊先が見つからなかったので、なんとか見つけて欲しいとお願いされました。お客様のご要望に見合うような宿屋さんに電話をかけまくったのですが、10000円増しとかざらにありました。
  うぅむ。どういうもんなんでしょう。宿屋は波動の大きい商売ですかねぇ。しかし。
4木  大雪がはじまりました。除雪作業にてヘトヘトの1日でした。朝起きて駐車場を除雪して、夕方にはまたまた除雪して。業者に頼むほどでもないし、家内でやるには大変だし、まったく雪国とはのろわしいもんです。
5金

 新潟県旅館組合青年部の新年会で月岡温泉。月岡は去年の初春に泉慶華鳳に来たことがあります。その時は余り感じなかったのですが、月岡温泉て白濁したとても濃い温泉なんだなぁ。大型温泉旅館の密集したいわゆるそういう温泉地と感じていたのですが、どうしてどうして「美人の湯」であります。

 あ、そうそう噂のCM撮影は没でした。はぁ残念。

6土  月岡は冠月に宿泊でした。で、2次会も早々にして一部の仲間で清風苑のお風呂へでかけてきました。お湯かけ小僧のお湯です。とっても綺麗な館内にお風呂。特に半露天の白濁した木造りの湯は素晴らしい。
 最近秘湯系と伝説系の宿屋さんばかりに目が行っていて、いわゆる小振りな宿屋さんを絶対唯一視しておりましたが、大きな宿屋さんならではの楽しみ方もあるのだということに気が付かされました。
7日   かめむし再来。暖房をがんがん効かせはじめたらまたもやかめむし。
8月  客室の御案内小冊子改造着手。
9火   啓永の食事椅子 座るとキューと鳴る椅子で今日からお食事。 食事以外でも手押し車として存分に活用。椅子を押しながらよく動いてます。
10水  除雪にて今日も温泉あぁいい気持ち。
11木

 啓永 遂にバイバイと手を振る仕草
2,3日前からしきりに手をグーパーグーパーさせて、眺めていると思ったらバイバイの練習だったのかなぁ・・・

12金   啓永の注射も今回で4回目。 今度はさすがに何をされるかわかるらしく、白衣を見た時からすでにグスグス 顔。腕を消毒される時はもう泣き始め、刺されている間も終わってからもなかなか泣きがやみません。
13土  静岡から露天一郎様ご来館。
14日 全国的 大雪
豪雪地帯といわれる所だけでなく日本海側ではほぼ全域で大雪警報。
当地は勿論もの凄い雪で、1時間で20cm以上は積もっているのではないでしょうか。
15月  広間とりんどう館雪下ろし。汗だくにて温泉、めちゃくちゃいいぞ。内緒で湯あがりに缶ビール。ぷはぁうめぇ。嫁さんに見つかったけど、大目にみてもらいました。
16火  帰ってみると自宅お風呂場のガラスが、雪の重みで見事に割れていました。 屋根の雪の固まりが落ち、それがガラス戸を直撃した様です。 雪は今夜もしんしんと降り続いています。
17水

 雪の壁も高くなりました。気温が低いので、雪はさらさらのまま。綺麗だねぇ。

18木

 雪も一段落。勢いつけてかまくらもつくっちゃいました。

19金

 停電ですよ!いやはや困りました。夜の11時に突然全館消灯。ろうそくやストーブをお客様のお部屋に配り終わる頃に復旧しました(T_T)。「ま、こんがなもんらや(ま、こんなもんだよ)」という社長の一言が憤る私の胸に深く響いた冬の一夜でありました。
  ランプの宿ってこんななのかな?ご苦労がしのばれます。各客室にストーブの石油を配って回るのも一仕事だよなぁ。

20土

湯杜里会さんご来館遠方よりありがとうございました。夜のかまくらでの酒盛りはお楽しみ頂けましたでしょうか?思えば、私が参加した歩くスキーツアーはもう一昨年の話になるのですねぇ。ますますのご発展をお祈りしております。
 今度は八十里越えでお会いしましょう!

 そして3月に撮影会を控えたHOX様もご来館。やすかっちさんの写真集ありがとうございました。石月はじめ一同楽しみにしております。

21日

 昨晩の湯杜里会の皆様をお見送りして玄関に戻ると、東京からいらしたギャル4人組のお客様をいい湯らてぃまで車でお送りするという楽しいお仕事が舞い込んできました。 車を出発させると、「ホームページは誰がつくってるんですか?」とのご質問。「あ、私です。」と会話がはじまりまして、あっという間に(5分しかかからないので、本当に「あ」っという間です。)到着してしまいまして、もう少しいろいろお話したかったという未練が残りました。
 WEB関係のお仕事でFLASHも使ってらっしゃるとのこと。これ読んでらしたらぜひメール下さい。FLASHをこれから勉強しようと志ておりまして、いろいろ教えていただければ、今度いらした時にラウンジひめさゆりにてサービスさせて頂きます。(^^; あ、下心はちょっとしかありません・・・

 その後メール頂きまして、デザイナーの方でした。素敵なWEBだ。

22月  ついに!FLASH5購入しました。高いけど夢を買ったと思えば・・・
  技術を一歩一歩修得していけば、こんなのも造れるようになるのだ!わはは!。脱力系フラッシュ造って有名になるんだもん。。。
 って、これを従業員が読んだら、やはりあいつはPCの前で遊んでやがんだなとおもわれてしまうな。
 もとい、あくまで長期的な視野にたった営業戦略の一環として寝る間も惜しんで私はPCにむかっているのですぞ。誤解なく!。。。説得力全然なし。
 うかれ気分で暇な宿屋にぽつんとひとり・・あぁ深夜1時。
23火  啓永のうんちも固形物を食べているため、固まってきました。その為出すのに
一苦労。ウ〜んと唸って顔を真っ赤にしています。
24水 なんだかんだと来客の多い今日この頃。宿屋を商売にしている業者さんもこの時期は閑なのだそうです。宿屋が閑なんだから当たり前か。そんなこんな応対をしているとあっという間に一日が過ぎてしまいます。強行制裁で私はかまくら造りに出動しました。この前造ったかまくらは暖気でぐっと天井を下げています。
 もう一度ほりなおし、明日のお客様を迎える。なんとすがすがしいのだろう。しかし、これが仕事とえいるのかどうか・・・サラリーマン時代ならば考えられぬような時間の使い方をしている今の自分にちょっと驚いてみたりして。
25木

また雪の写真です・・・夜のかまくらはひまさえあればライトアップ。
2月になったらつり橋の向こうにでかいの作りますからね!乞うご期待。
昨夜は東京野歩路会さんが堪能していかれました。

”GO”を押すと瞑想@かまくらに突入します。

26金 大阪コリアタウンのキムチと、新潟長野温泉のお湯でチゲ鍋やった」というお客様レポートを発見。とりあえずリンク(01/23)してみたが、リンク確認してたら、ついついはまってしまうサイトだった。おもしろかった。あんなサイトを目指そう。
27土

嵐渓荘も遺産として登録されました。
うぅむ、てことはおいらは遺産の住人か・・・

温泉の番人とでも肩書き変えようかな。

28日

 啓永(ひろと)が風邪ひきました。お医者さんのありがたさを感じます。昔の人は子供が風邪をひいても温めて水分をたくさん補給するくらいしかできなかったのだそうです。車のない時代にはお医者さんは歩いて自宅まで来てくれたそうで、5キロ、10キロあたりまえの距離だったそうです。
  下田村には有名な産婆さんがいて、見事な助産と簡単な風邪くらいなら診察できる腕を兼ね備えたそのおばあさんも、今は昔のお話にしかでてきません。

29月  風呂のパイプが調子悪いです。嵐渓荘のお湯は強食塩泉。非常にしょっぱいのですが、その成分の一部がパイプ内部に石化して付着します。ほとんど石といってもいいくらいのガリガリ。今日も一日パイプの石とりでした。パイプごと交換できれば良いのですが、今のところそうした造りになっておらず、ハンマーでパイプの外側からひたすらコンコン叩いて落とすしかありません。
 お客様にもご迷惑をおかけして大変な一日でした。亭主がボイラー担当なのですが、あんまり段取りが良くなかったので、女将はカンカン・・・「なんで今日それをやらんばねんだね。お客様は一生の内に一回しか嵐渓荘に来ないかもしれないんだよ!それなのにご迷惑をおかけして!」と凄い形相でした。
 いやはや遺産を守っていくのも大変でござんすねぇ。
30火  FLASH処女作が表紙をかざりました。思ったよりとっつきやすいです。
31水

 今日は嵐渓荘の新年会。私は電話番で事務所待機のため2次会からの参加でした。追いつくようにビールを飲んで、小柳ゆきの「愛情」を披露。ほろ酔い気分で唄小屋かじかから抜け出てみれば、若手があつまり人生論議に華をさかせていました。いろいろ事情があって辞める子や、辞めたい子。話を聞けばそれぞれに迷いと思いがあるんだなぁ・・・。
 新発見だったのは、親と同居で暮らしてきた子というのは親との絆(というか因縁)が非常に強いんだとういこと。私はもともと親とは別居のような子供時代を過ごしてきたし、ありがたいことに自分の好きなように若い頃を過ごさせてもらった。ていうか今も若いですけど(^^;、東京で7年も遊んでられて本当に文句ないです。文句いったら罰があたる。
 しかしそれは稀なケースであって、そうでない人の方が多いんだな。親と同居で自分の夢を果たすには、まず親との関係に決着をつけなければいけない重苦しい状況。ああしたい、こうしたいという自分の欲求と親をなおざりにできない責任感情の葛藤。親と子の絆が希薄になってきたとかいわれますが、どうしてどうして逆にその絆と真剣に立ち向かわなければ、にっちもさっちもいかない人達がいっぱいいるんですね。
 なんかいいアドバイスはできませんでしたが、逃げない姿勢に私は感心しました。 
 私の場合はやっと今頃、親と四六時中顔を合わせる生活がはじまりまして、だいぶなれてきましたが遅咲きの反抗期のようです。嫁にいわせれば「だっさいねぇ」だそうですけど、なんでこんなに感情が高ぶるのだろうと不思議になるくらい反抗するときがありますね。
 とにかく、久々に飲みがいのある一晩でした。

 

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